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石田純一が話題になってた時に書こうと思ってたやつ。

石田純一の名言といえば

「二兎を追う者には三兎目が出てくる。」

ですが、これって本当なんだろうなって思う。

「さしすせそ」が大事な国

「さしすせそ」と言えばどうせ、料理の「さしすせそ」ですよね。

 
さとう
しお
お酢
せうゆ
みそ
 
これはよくあるやつ。
 
 
先日、ウェブ上で【男性に嫌われる女性の「さしすせそ」とは?】なるものを読みました。
触ってくる
知ったかぶる
拗ねる
迫ってくる
染まる
 
だそうです。
 
「指図する」「信用しない」「すぐ怒る」「急かす」「損得勘定で男を見ない」
ってのも見た気がします。
 
ウェブ検索するとたくさんの「さしすせそ」がありますね。
 
逆にモテる「さしすせそ」としては
「さすが!」
「知らなかった!」
「すごーい!」
「先輩だから…」
「そうなんですかぁ!」
 
ってのが出てきたけど、「先輩だから」ってのはよくわかりません。
 
それから、男性が女性に求める
「裁縫」「躾」「炊事」「洗濯」「掃除」
ってのもありますが、今こういうこと言うと差別がどうのとか言われてしうまんですかね。
家事ばかりだから。
 

まだ、財布にかっこよさ求めて消耗してるの?

使い易さを求めるなら高けりゃいいってもんじゃないとは思っていたのですが、とりあえず僕はわかりやすさがほしいなと思ってます。

少しずつ改良しながら変化していくものがほしいなと思ってます。

まずは
 

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これです。

そこに


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お札を入れます。

そして、

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これを

こうします。


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カードも


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入れます。
目薬も入れました。


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こうなりました。

僕の財布はこれで十分かもしれない。
ほんとダサい。ダサいなー。
人前で使えないわ。

やっぱりカッコいいのがいいよな。


みんな、財布に何求めてますか?

「同性愛者にはつむじが逆向きな人が多い」

これは事実だそうです。

そこで、あなたは自分や周りの人間のつむじを観察したり、思い出したりしたでしょう。
でもそれはなんの意味もないのです。これは本当に多いことだと思うのですが必要十分条件でよく間違えるパターンの事象ですね。

同性愛者ならばつむじが逆巻き
つむじが逆向きならば同性愛者

この2つは逆の関係であって対偶ではないため真偽は必ずしも一致しません。

そんなものです。このことを理解していても実際につむじを観察したくなる人もいるでしょう。

ちなみにこれは男性の場合だそうです。
そうですね。困ったものです。ちなみに、逆巻き(反時計回り)の人は少数ですが、その半数はなんと左利きだそうです。

新しいこと

気づいたこと
新しい生活、新しい人、新しい環境に住み始めて1番困るのはルーティーンが定まらないことです。

どこでなにを買って、どこに銀行があって、どこに誰がいて、どこに娯楽があって、本屋さんはどこにあるのか。などなど重要事項はたくさんありますが、それらを見つけるまでが大変だなといつも思います。

もちろん事務的な手続きも面倒だなと思うことはありますが。。。

さて、という事で新生活が始まりました。なんや感やで5年近く1人暮らしをしていない(同棲ではない)僕ですが、今回もシェアハウスで気楽な共同生活をしています。
管理人業務を手伝いながら仕事をさせて貰いながら、勉強が第一です。学ぶことはとても楽しいですね。

環境が変わって勉強スタイルも少し変えないといけない部分が出てきます。
それを均しながらの上手いこと軌道に乗せていきたいです。

その点、基本的にタブレットと本を中心とした勉強スタイルもは机に向かう必要もなくいつでもどこでも移動中でも行けるのでとてもいいとおもいます。
日本人は単語を覚えるときにたくさん書きますが、海外で勉強していて感じたのはそんなスタイルは日本人くらいだということです。

むしろ、なんでそんなことしてるんだ?と疑問をぶつけられる始末。。。

いつでもどこでも気軽に出来るということが生活に学習を取り込む1つの手段なのかもしれません。




うまく言語化できない。

涼宮ハルヒの憂鬱から10年が経ったとか経ってないとか。
最近英語版を見ようと思って耳鳴らししていたのですが、長門が「うまく言語化出来ない」と言っていた気がします。


それはそうと、言語化するという事に対して少し怖いと思うことがあります。


まずはこんな実験の話を。

6人の写真を2グループに見せます。一つ目のグループではその写真の人達の特徴を説明してもらいます。他方のグループには何もせずただ見てもらいます。

その一週間後にその6人のうちの一人を含む10人の写真を見せ、前回見た人が誰かを訪ねました。

ただ、見ただけのグループと言葉で説明したグループとではどちらが正しく認識できたでしょうか。



そうです、話の流れからも察してると思いますがに「説明しなかったグループ」の方が正解率が高かったのです。

説明した事で混乱したようですね。


これは友達に好きなタイプは?と聞かれた時にも似たような事が起きる気がします。
答えてしまうとその特徴に惹かれるようになるというか。

マジシャンが2人の人物の写真を見せ、好みのタイプを選ばせる。
その後、選んだ人と違う方をマジックで騙して渡したとする。
上手く交換されているので渡された人が気づかない。その人を選んだつもりも無かったのに何処が好きだったかを説明しちゃいます。

できちゃいます。言葉にするのがこわい。
感情を説明してしまうと、言葉に心がついて行ってしまう。

犯人の目撃者が、犯人の特徴を説明するとその後に犯人を見ても正しく認識できないこともあるそうです。

あぁ、言葉にするのがこわい。

僕も夫婦別姓をアンパンに例えてみよう。


こんな記事を読んだ。夫婦別姓をアンパンに例えたらしい。


じゃあ、僕も選択的夫婦別姓をアンパンに例えてみようかな。

夫婦同姓はこしあんパンね
夫婦別姓はつぶあんパンね

つぶあんパンを食べたいと言ったら
こしあんパンでよくね?って言われます。

まぁ、こしあんパンでいいか。

なぜ、同姓がアンパンで
別姓がカレーパンなのか。
おそらく「アンパンマン」の影響だろう。

甘いものと辛いもの。
くらい対の関係になっているのか?
じゃあ、新しく姓を作りたい人は何パン食べたらいいの?
思い切って姓を無くしたい人は食パンマンでいいの?

こう言う変な喩えばかりしてたら、進む話も進まない。